自由を求めて、世界を周る

自由に生きていくためのBlog -自由って案外大変-

40歳を過ぎた私が、自分の母親について書こうと思う

http://www.flickr.com/photos/8149145@N04/8896793011

私の人生最初の記憶は、小さな家でカーテンのフックを袋に詰めている様子だ。一つの袋にフックを7つずつ詰めていたと思う。暗い記憶として未だに忘れられない。

当時の私の家は、神社の庭先にある小さな小屋だった。父親はアル中で、働いていた市役所を辞めて、医者からは後数年の命だと宣告されていたようだ。結果的に、酒の量を減らして、現在も生きている。

父は、典型的な昔の父親で、亭主関白で家では何もしなかった。だからと言って、外で稼いでくるわけでもない。

私は夜になると母親に突かれて、カーテンのフック入れの作業を行っていた。私は眠くなるとそのまま寝てしまうが、母は明け方まで内職をし、その後新聞配達をしていた。そして、昼間働いて、夕方は近所の飲食店でバイトしていたそうだ。

元々は呉服屋の7人姉妹の真ん中として育って、父の元へ嫁いできたので、あまりの生活環境の違いに、きっと大変だったと思う。

 

私には妹が二人いるが、二人目の妹を産んだ時点で、母は手術をして、それ以上子供を産まないことにしたそうだ。

 

そんな貧困な時代も、高度成長と共に終わりをつげる。私が小学校に入って暫くすると一軒家に引っ越すことになった。それでも、実家の仕事は安定せず、覚えているだけでも骨董品のようなものを扱う店、新聞配達所、縫製業と職を変えていった。結果的に時代背景もあり、縫製業で生計を立てられるようになった。その頃には父もそれなりに働くようになっていた。

 

その後、父親が新たな場所へ縫製工場を移すと、母は工場を手伝いながら喫茶店を始めた。喫茶店だけでは思うように売上が上がらず、夜に飲み屋もやり始めた。

そのことが切欠かどうか定かではないが、父親と母親の関係が目に見えて悪化していく。二人が離婚したのは、父の倒産が原因だが、当時から既に二人の関係は冷え切っていたのだと思う。

 

それから暫くすると、理由は分からないが、色んな所から両親が自分の子供を私の母に預けるようになる。中学生で既に子供がいるような女性や、地元でも有名な不良の女性などが、私の家に住み始めた。

私は、ある程度年が離れていたせいか、彼女達から教わったことも多かった。彼女達は、自分が後悔していることを事前に私に注意してくれた。最高の反面教師だったのかもしれない。

 

私は高校卒業後、渡米してしまうわけだが、それ以降あまり両親との接点がない。私が生活に困窮していた時にお金を借りたくらいだ。母は何も言わずに大切な預金を切り崩して、貸してくれていた。

私は、実家へも長い間帰っていないし、母と電話で話しても短い会話で切ってしまう。

 

最近、母からどういう訳か、金を送金しろと頻繁に連絡が来る。他の親は息子からいくらもらったとか、そういう話題から始まり、それ以上の額を送金しろと言うわけだ。私はバカらしくて相手にしていないが、もしかすると金の話ではなく単に会話をしたいだけかもしれない。そうやって、照れ隠しをしながら、私の近況を探っているのかもしれない。

 

私の家族は全員素直ではない。典型的な田舎の家庭なので、みんなシャイだ。本音を隠して、何もかもが回りくどい。

 

母は、70才くらいだが、まだ働いている。自宅の1階を飲食店にして、たまに自分も働いているそうだ。ボケ防止には良いと思うが、多分、将来的に長女の仕事場にしたいのだと思う。

次女は結婚して、既に他の籍に入っているが、長女は独身で家にいる。長女の体調の問題もあるので将来が心配のようだ。

私は、遺産を放棄し、長女が全て受け取れるようにする予定だ。

 

そろそろ母も人生のラストスパートなので、思い残すことが無いようにしてほしい。そして、人生最後の日には、辛い人生だったかもしれないが、それでも楽しかったと言ってほしい。

 

今の日本は、母の時代と比べて遥かに良い時代になったと思う。人間の人生は、その時代背景に大きく翻弄される。昔は不幸だったとまでは言わないが、母の結婚当時の生活は私には耐えられないと思う。それでも子供がいたからこそ、その愛情を原動力として毎日を乗り切っていたのだと思う。

 

日本では、一番大切なことを教わらないで大人になってしまう。

それは、人生は大変なことばかりで、楽しいことは1割もない。でも、その1割のために生きていく価値がある、と言うことだ。母は、身をもって、人生の教訓を教えてくれたのかもしれない。振り返れば、母は私にとって、最高の人生の教科書であり、先導者だったのだと思う。

 

田舎者の私は、面と向かっては言えないが、ここに母への感謝の気持ちを込めて文章を残したいと思う。

携帯電話もろくに使えない母が、この記事を読むことはないが、世界の片隅に母の人生と子供からの感謝の文章が転がっているのも悪くないと思う。

 

与えられた環境で最善を尽くして、人生を全うする。そんな素敵な人間に私もなりたい!

 


日本では人生で一番大切なことを教わらないで大人になる - 自由を求めて、世界を周る

広告を非表示にする