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小学生の時に書いた「将来の夢」が人生を変えてくれたのかもしれない

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子供の頃は「夢は何?」「将来何になりたいの?」と聞かれることが多い。大人になると「趣味は何?」と聞かれることが多くなる。

私には夢も趣味もない。昔も今も無かったし、特に必要だと感じることもなかった。

TVなどでコメンテーターが若い人を集めて、夢について語っているのを見かける(NHKの番組のように)あのような夢の押し売りか押し付けは、あざとい気がして仕方ない。夢って何だろう???

 

そんな私も一度だけ夢について書いたことがある。

 

確か、小学校3年生か4年生の頃だ。

当時の先生が、毎年恒例の「夢」について生徒に書かせる授業があった。大体、その年齢だと、医者だったり、公務員、プロ野球選手、サッカー選手、歌手、お花屋さんなど親に押し付けられたものか、またはテレビや近所で見てイメージが良いものが候補に挙がる。

 

私には、そういった具体的なイメージはなかったので、お題が出るや否や、最初に原稿用紙を持って先生の所へ向かった。

 

「これでいいですか?」私は自分の書いた原稿用紙を先生に渡した。

先生はチラッと私の回答を見て、少しだけ頷いた。先生はずっと下を向いていたので、その時の表情は記憶にない。

 

私が机に戻ると、先生は立ち上がって、教室の全員に言った。

「みんな、こういうことを書いてください! 歴史に残る人間になりたい!」

何故そこで先生が全員に夢の在り方を指導したのかは分からないが、私の回答は「歴史に残る人間になりたい」だった。

その時、私は、そういう夢でもいいんだ、と感じたのを思い出す。それまでは具体的な職業を夢として定義されていたのだが、それ以外の回答でも問題ないのだ、しかもそれがより良い回答だという意見もあるようだ、と…

 

理由は分からないが、その時のことが、ずっと忘れられないでいる。当時の記憶はそれ以外何も覚えていない。先生の顔すら覚えていない。

しかしながら、夢に関するたった一つの回答が、私の何かを変えたし、その後の心の支えになっている気がする。

 

たった一つの出来事が人生の羅針盤になることがあるのかもしれない。

一つだけ残念なのは、私が未だに歴史に名前を残せていないことだ。しかしながら、それなりに満足できるところまではいった気がするし、今のところ自分の人生に後悔はない。

「夢」が必要かどうかは分からないが、何か想いのようなものがその人を突き動かしているのは確かなのかも知れない。

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